一条御息所の最期
世間では堅物だと思われている夕霧だったが、女二宮への思いは堰き止められそうにもなく、亡き柏木の思い出語りを口実に相変わらず通い続けていた。
一条御息所が物の怪のせいでひどく調子が悪いため、小野(おの・京都市左京区修学院あたり)の山荘で転地療養を行うことになり、夕霧も出向く。何か口実を作ってはいそいそと出かける夕霧の姿を、雲居の雁もなにやら怪しんでいるようだ。
病に伏せる御息所の代わりに、夕霧の応対をする女二宮の態度は固い。三年通っても心を開いてくれないのであれば、少しは強硬な手段を使わねばと、夕霧はその夜、山荘に泊まって掻き口説いた。
朝、退出する夕霧の姿を出入りする僧侶が目撃する。事態は臥せっている御息所の耳にも入った。本妻である雲居の雁が権勢を振るう中に立ち交じるこの縁組には賛成できないと僧侶は述べ、御息所はショックを受ける。
皇女は独身を貫くのが本来であるのに、気が進まなかった柏木への降嫁では夫に先立たれ、さらには再婚だなんて非常識この上ない。それでも夕霧が誠意を見せて女二宮を大切にしてくれるなら納得もしないでもないが、夕霧が今夜は来られないとの手紙だけ寄越してきたものだから、御息所はますます動揺して息も絶え絶えになってしまった。
それでも御息所は気力を振り絞って返信を代筆。乱れた筆跡の手紙はすぐに夕霧の元に届けられたが、あまりに乱れた文字に判読も難しい。おまけに怪しんだ雲居の雁が手紙を取り上げてしまったものだから、何を書いてあったのか判らずに夜が更け、そのまま次の日を迎えてしまった。
返信せねばならぬので手紙を返すよう夕霧は迫るが、雲居の雁はすっとぼける。あちこち家内を探した結果、夕方になってようやく見つけた手紙の内容は、来訪しない夕霧の不誠実さを責めるものだった。
すぐに小野の山荘に出向いて弁明せねばと思うものの、運悪く外出すべきでない凶日なので、夕霧は再度手紙だけ送り届けさせる。
一向に音沙汰ない夕霧の不義理さに、一夜限りの関係で済ませるつもりかと早合点した御息所は、ますます容体が悪化。何の関係もなかったのだと弁明しようにも言葉が見つからない女二宮は、ただ泣くしかなかった。
そのさなかに夕霧からの手紙が届き、御息所は薄れる意識の中、今夜も来ない仕打ちを情けなく恨み、そのまま息絶えてしまう。
女二宮との異様な婚礼
山荘に多くの弔問客が訪れる。夕霧も馳せ参じたが、女二宮はさらに頑なになり、夕霧のせいで母が死んだとまで思いつめていた。
日が経ち、9月になったが女二宮は心を開こうとしない。山荘で母を偲んで余生を過ごそうと考え、出家にまで思い至る女二宮。夕霧が手紙を出しても梨のつぶてで、彼もどうすればいいのかと物思いに耽る日が続いた。夕霧の様子が明らかに変なので、雲居の雁も心穏やかではない。
源氏もこの噂を聞いており、真面目な夕霧こそが源氏の「女好きの不名誉」を雪いでくれると頼もしく思っていたものを、なんとも厄介なことになったと感じていた。それでも思い詰めている人間に何を諭しても無駄だと考え、あえて苦言を呈するような真似はしない。むしろ自身亡きあとの紫の上の行く末を案じるが、紫の上は狭い箱の中でしか生きられぬ女の一生の哀れさを知り抜き、長く生きることはできまいと悟っていた。明石女御の娘の世話のみを生きる糧にしている。
御息所の四十九日の法要は夕霧が取り仕切り、ふたりのことは世間が皆知るところとなった。山籠りする朱雀上皇は、女二宮が夕霧と上手くいかないので出家したと世間の噂にのぼることを懸念し、女三宮に続けて女二宮までもが出家するのはあまりに外聞が悪いとたしなめる。
夕霧もいつまで待っていても埒が明かぬと、一条の屋敷を大改築し、女二宮を山荘から戻して既成事実を作ってしまおうと決めた。改築が済んだ引越の日、女二宮はこの山荘で死んでしまいたい、意に沿わぬ人と寄り添いたくないとこぼすが、そうもいかず車に乗り、一条の屋敷へ向かう。
婚礼初日であるのに女二宮は夕霧と対面しようともしない。挙句に物置部屋に鍵をかけて閉じこもってしまった。夕霧は呆れるやら悲しいやらで、そのまま朝を迎えて六条院へ。
六条院では花散里が事の成り行きを訊ねてくる。夕霧は亡き御息所の遺言で女二宮を託されたと嘘を言うが、花散里は雲居の雁の心中を思い遣った。三条の屋敷に戻ってみれば、雲居の雁はふて寝。なんとか宥めすかしたものの、雲居の雁の気持ちは乱れきって治まる気配がない。
雲居の雁との別居
夜、夕霧は再び一条の屋敷に出向くが、女二宮は相変わらず物置部屋から出てきてなかった。これでは話にならぬと女房を責め立て、根負けした女房は鍵が掛かってない入口へと夕霧を案内する。夕霧はこうなった以上諦めて身を任せるのが道理だと説き伏せるが、女二宮は泣くばかりである。雲居の雁との仲を犠牲にしてまで手に入れたかった女性であるのに、こうまで嫌われているとはと夕霧は落胆する。それでも甲斐甲斐しく世話をして、一条の屋敷に泊まり込んだまま日が流れた。
そんな按配だったものだから、雲居の雁はもう何もかもおしまいだと思い詰め、実家の前の太政大臣の屋敷へ戻ってしまう。夕霧はそれみたことかと、短気な雲居の雁に腹を立て、手紙で帰って来るように伝えるが一向に戻らない。数日後、夕霧は話し合いに出向くものの決裂。前の太政大臣も我が娘の短絡的な性質に呆れ嘆きつつ、今更頭を下げて戻らなくてよいと言い放ってしまった。
前の太政大臣からすれば、亡き長男の嫁が娘婿を奪ったかのように見えたのだろう。またも面倒なことになり、ついつい女二宮に愚痴めいた手紙を出してしまう。受け取った女二宮も、それもこれも自分の本意ではないのにと塞ぎこみ、誰にとっても幸せな結果にならないのであった。
実家に戻った雲居の雁も沈んだ気持ちを隠せない。そこへ、昔、五節の舞姫だった藤原惟光の娘である藤典侍から手紙が届いた。乱れる心を察しますとの内容に、最初は当てこすりかと訝しく思った雲居の雁だったが、同じ男を愛する女性として、やはり彼女も平然とはしていられなかったのであろうと考え直し、丁重に返信した。
夕霧は雲居の雁との間に8人の子を、藤典侍との間に4人の子があり、藤典侍の子のうち次男と三女は六条院で花散里が養育していたのである。