中川の女
亡き桐壷院がまだ帝位にあったころ、その後宮に麗景殿女御(れいけいでんのにょうご)と呼ばれる女性がいた。桐壷院との間に子は無く、院の死後は後ろ盾もないため、源氏の庇護のみを頼りにひっそりと暮らしていたのだった。
麗景殿女御には花散里(はなちるさと・三の君)と呼ばれる妹がいて、源氏とは忍び逢うこともあった仲だったものの、気の多い源氏の性格もあり、半ばほったらかしの状態が続いていた。
政局は右大臣側へ完全に移り、なにかにつけて面白くない時世になってしまったことも重なって、源氏は思い悩むことも多い。そんな腐った気分の折には花散里のことも思い出すようで、惟光たちだけを連れて、目立たぬように訪ねてみることにした。
中川のあたりを過ぎたところで、風情ある琴の音色が聞こえてきた。思い起こせば、そこは昔に一度だけ通った女人の家だったのだ。あれからずいぶん時間が流れたが覚えているだろうかと源氏は惟光を家へ遣わせてみるが、その家の女人も今更訪ねて来られても…と口惜しく思っていたのだろう、良い返事はもらえなかった。
花散里との夜
源氏はそのまま麗景殿女御の屋敷に向かう。屋敷はやはりひっそりとしていて人も多くない。
女御は品良く落ち付いていて、優しいままの姿だった。昔のことを語らい、懐かしんでは涙を落とす源氏。時が移ろっても、変わらぬ態度でいてくれる女御を並々ならぬ人だと思うのである。
その後、源氏は花散里のいる西面の部屋に移った。普段、通いがない源氏のつれなさも、ひとたび姿を見るとすっかり忘れてしまうらしく、花散里は幸せそうにしている。源氏も優しく睦言をかけては、心癒される風情。
長らく訪ねずにいると、変化してしまう人の心というものはそれはそれで仕方のないものだ、あの中川の女を責めることはできないと源氏は考えを巡らせた。それだけに花散里の素晴らしい性質がいっそう際立つのである。