カンタンに読める! 3分で読む源氏物語

空蝉の遠い恋の記憶は
源氏にとっても、大切な思い出

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関屋

  •  せきや  
  •  源氏:29歳

 空蝉の上洛

  任地に赴いていた伊予の介と妻の空蝉は、のちに任国の異動があり、常陸国(茨城県)へ下っていた。空蝉は源氏が都を追われたことも風の便りで聞いてはいたが、手紙を差し出すわけにもいかず、ただその日その日を過ごしていた。

  源氏が明石から都に戻る。再び隆盛の日々を送るさなか、宿願成就の参詣に石山寺(いしやまでら・滋賀県大津市)へ大行列で向かった源氏。そこへ偶然にも常陸国から戻ってくる道中の空蝉と、逢坂の関(おうさかのせき・滋賀県大津市の関所)ですれちがうこととなった。
  空蝉たちは車を木陰に寄せて源氏の大行列をやり過ごそうとするが、源氏もまたありし日の空蝉の姿を思い返し、当時小君と呼ばれ今は成長した右衛門佐(うえもんのすけ)を呼び出して言葉をかける。右衛門佐からことのあらましを聞いた空蝉は、さまざまを思い返しては胸を痛めた。

石山寺

 交わらぬふたり

  源氏が石山寺参詣から戻る日、都から右衛門佐が参上した。右衛門佐は源氏が不遇の折に、世間の評価を気にして源氏側につかず、常陸へ下ってしまったことを悔やんでいた。
  源氏は右衛門佐に空蝉への手紙を託した。長年にわたり連絡もなく不通であったが、心の内ではずっと偲んでいたとの源氏の言葉に、空蝉は今の年齢を考えると恥ずかしく気後れするものの、やはり心動かされて返信を書く。

カエデ

  そうこうする間に、空蝉の夫の常陸の介は病がちになり死んでしまった。残された空蝉に対し、常陸の介の親類は最初こそ情け深くしてくれたがあくまでうわべだけの話で、空蝉にとって悩ましい日が続いた。しまいには昔から密かに空蝉に思いをかけていた、以前は紀伊の守と呼ばれていた息子の河内の守が下心丸出しで近づいてきた。やむをえず空蝉は覚悟を決めて出家して尼になってしまったのだとか。

系図
逢坂の関やいかなる関なれば しげき嘆きの中を分くらむ
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