カンタンに読める! 3分で読む源氏物語

死んだと思われていた浮舟
彼女は実は生きていた…

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手習

  •  てならい  宇治十帖
  •  薫:27~28歳、匂宮:28~29歳、
    浮舟:22~23歳

 舞台は小野へ

  比叡山から北へ少し離れた横川(よかわ・滋賀県大津市)というところに、ひとりの高僧(横川の僧都よかわのそうづ)が暮らしていた。彼の年老いた母・大尼君と妹の小野の妹尼(おののいもうとあま)が、長谷寺(はせでら・奈良県桜井市)に参詣していたときのこと。
  その帰路、大尼君が体調を崩してしまった。途中の宇治で仮の宿を取って様子を見るも、万が一の事態を懸念して使いを横川に派遣し、状況を知らせることにする。横川の僧都は驚いて宇治へ急行し、宿のそばに朱雀院の別邸があるのを思い出して病人をそちらに移すことにした。

  別邸に着いてみれば、どうも禍々しい雰囲気がする。物の怪を祓うために経を読ませて寝殿の裏へ廻ったところ、木の下に何かがうずくまっているではないか。これは狐が化けているのかと思いきや、若い娘がさめざめと泣いていたのだった。
  騒ぎを聞いた小野の妹尼が現場を見るや、彼女は自分の亡き娘の生まれ変わりに違いないと言い出し、娘を屋敷に引き取って熱心に介抱する。

  大尼君の体調も持ち直したので、一行は再び帰路に就いた。娘も一緒に連れて行くことにして、道中何度も休憩をとりながら大尼君や小野の妹尼が住まう小野(おの・滋賀県大津市)の里に到着する。
  横川の僧都も横川へ戻った。小野の妹尼は娘の世話を手厚く続けるものの、娘は何も言わず素性すら明かさない。ただ「川に我が身を投げ落としてくれ」と言うだけなのだ。

庵

  こうも娘が塞ぎ込んでいるのは物の怪の仕業だと考えた小野の妹尼は、再び横川の僧都に助けを求めた。祈祷を一晩行ったところ、彼女に憑いていた物の怪が姿を現し、退散する。
  正気を取り戻した娘は、なぜ自分はこんなところにいるのだろうと不思議に感じた。よくよく記憶を辿ってみれば、あの晩悲しみのあまり川に身を投げようと決心した刹那、匂宮が自分の手を引いて抱き寄せてくれたふうに感じたのだった。しかしそこから記憶がなく、周りを見回してみても年老いた尼ばかり。こんな奇怪な場所になぜ自分がいるのかと混乱するありさまだ。

  あの夜からどれだけの月日が流れたことか。娘――浮舟はいっそ出家して尼になりたいとこぼすものの、せっかく助かった命をむざむざと捨てるような哀しい言葉に小野の妹尼は反対し、五戒(ごかい・在家信者が守る基本的な五つの戒)のみを受けさせた。
  まずは養生して元気になれば気持ちも落ち着くだろう。そう思って小野の妹尼は浮舟の世話に精を出すけれども、世を儚む彼女の気持ちは変わりそうにない。

 浮舟の出家

  小野の妹尼の亡くなった娘には、中将という婿がいた。彼の弟の禅師の君(ぜんじのきみ・末摘花の兄とは別人)もまた横川の僧都の弟子だった関係で、中将はよく横川に出向いていた。小野は横川への道中にあたるため、中将はついでに小野の妹尼の見舞に立ち寄る。
  ありし日を懐かしんで語らう二人だったが、中将はこんな老尼ばかりの庵に似つかわしくない可憐な浮舟の姿をちらりと見てしまい、どうも彼女が気になるようだ。

  中将は横川に着くと横川の僧都や禅師の君と対面し、小野で見かけた浮舟のことをそれとなく尋ねてみた。かと言って詳しい消息も判らず、帰りがけに再び小野に立ち寄ることにする。
  小野の妹尼と対座した中将は単刀直入に浮舟の事を尋ね、和歌を詠む。恋愛ごとなど懲り懲りな浮舟は返歌などできるはずもなく、小野の妹尼が代理で返した。

  その後も 中将は小野を訪ねては浮舟を口説き落とそうとするものの、肝心の浮舟は頑として言葉を交わそうともしない。却って勤行に励み、ますます出家を望むようになってしまったのである。

木魚

  また月日が流れて9月になった。小野の妹尼は再び長谷寺参詣に出掛けた。浮舟にも同行を熱心に呼びかけたが、彼女は首を縦に振らなかった。
  人が少なくなった小野に中将が現れる。いよいよ逃げ場がなくなった浮舟は、あろうことか普段近寄りもしない大尼君の寝室に隠れる始末。大いびきで眠る老女たちのおぞましさに耐えてまで逃げ隠れるとは、再び恋愛に身を投じるのがよほどイヤだったのであろう。
  そのまま朝を迎え、大尼君たちが朝食を摂る段になっても、浮舟は気分が優れず突っ伏している。

  そうこうすると他の僧が現れ、横川の僧都が山を下りて病気の女一宮のために祈祷をするのだと告げ回った。ちょうどよい。僧都に頼みこんで出家させてもらおうと、浮舟は決心する。
  夕刻になって僧都がやって来た。大尼君の様子を伺い、次いで浮舟から出家の訴えに耳を傾ける。どんな理由があるにせよこの若い身空で世を捨てるのは余りに勿体ないと僧都が説得するものの、浮舟の意志は固かった。僧都は訴えを受け入れ、浮舟は剃髪する。
  ようやく本意を遂げて清々する浮舟とは逆に、報せを聞いた中将は落胆を隠せない。長谷寺から戻った小野の妹尼の驚愕はもはや言うまでもなかった。

 明らかになる真実

  女一宮の病は、横川の僧都の祈祷の甲斐もあって快癒した。しばらく御所に留まっていた僧都は、明石中宮に召されて問わず語りをするうち、宇治で拾い上げた娘の顛末をふと話題にした。
  中宮も傍に控えていた小宰相の君も、もしかして薫が宇治に匿っていた浮舟のことかと察する。とはいえ確証もないので、薫に教えようにも今一歩を踏み出せないのだった。

  その後、どうにも諦めきれず未練たらたらな中将が小野を訪ねて来た。残念無念な気持ちを抑えられないので、せめて浮舟の姿を見せてくれと頼み込む中将。それくらいなら…と覗き穴を案内され、そこから見た彼女の姿は世を捨てるには余りある美しさである。これほどまでの美女だったとは――
  なんとかして手元に置いておきたいものだと、改めて感じ入る中将なのであった。

雪化粧

  そのころ大尼君の孫の紀伊の守(きのかみ・空蝉の義理の息子とは別人)が、任国から上洛した。小野の妹尼と対面して話している。浮舟が話に聞き耳を立ててみると、どうやら薫が浮舟の一周忌を催すらしい。
  法要に必要な装束をここで仕立てるとのことで、浮舟は自分の法事の衣装を自分で縫う奇妙さを感じた。それでも薫が未だに自分を忘れていないのだと知り、懐かしくも嬉しい反面、こんな尼姿を今更世に晒すことだけは絶対に避けねばならぬと心に誓う。

  一周忌の法要を終えた薫。未だに浮舟の縁者である常陸の守の子息には目を掛けて、役職の世話などをしていた。
  ある雨の夜のこと。明石中宮のもとに参上した薫は、宇治に行った話をする。横川の僧都の話を思い出した明石中宮は、薫のあまりの不憫さに小宰相の君に耳打ちして、あの話をしてやるように伝えた。
  小宰相の君から顛末を聞いた薫は、どれほど驚いたことか。しかし話におかしい点はない。辻褄は全て合っている。ただ薫は明石中宮が知っている話だということは、実子である匂宮も当然知っているのではないかと考えた。匂宮のことだから浮舟を取り戻そうと動いているに違いない。ならば…やはり死んでしまったものとしていっそ諦めてしまうほうが良いのだ。

  それでも確認だけはしておこうと、薫は機会を見て明石中宮にお伺いを立てた。けれども中宮は匂宮の女癖の悪さを良く判っていたので、浮舟のことを漏らせばまた厄介な事態になると予見したのだろう。匂宮には一切話していなかったのだ。
  こうなればあとは自身で現地へ向かい、真偽を確認するだけである。比叡山に出掛けるついでに、横川に立ち寄ってみよう。浮舟の弟の小君(こぎみ)を連れて行けば、再会に感動も添えられるかもしれない。しかし、浮舟が既に別の男と恋仲になってたりしたら――
  どちらにせよ薫の心は乱れに乱れるのだった。

系図
はかなくて世にふる川の憂き瀬には たづねも行かじ二本の杉
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