夕霧、紫の上の姿を見る
六条院では秋の草花が見事に咲き、庭いっぱいの見頃である。ちょうど秋好中宮も里帰りしていて、源氏は管弦の遊びなどを催したく思うが、中宮の亡き父の命日にあたる月なので控えていた。
折しも台風が近づいてきており、せっかく咲いた花が散り、枝が折れるのではなかろうかと誰しもが心配していたころのこと…
辰巳の町も風が強く吹き、紫の上が心配そうに軒先まで出て庭の草木を眺めていた。たまたまそこへ夕霧が見舞いがてら様子を見にやってきて、紫の上の姿をはっきりと見てしまう。春の霞の間に咲き誇る樺桜のような艶やかさ、年とともにさらに美しさを重ねたその姿に身も心も打ち砕かれたように感じた夕霧は、これほどにまで美しい貴婦人ゆえに源氏が紫の上のそばに男性を近寄らせないのだと察知したのであった。
まさにそのとき源氏が戻ってきたようだ。「騒々しい。格子を下ろしてしまいなさい。外から丸見えではありませんか」と声がする。夕霧は源氏に見つかってしまう前にと咳払いをし、まるで今来たかのように顔を見せた。台風の状況を源氏に報告し、大宮の見舞いをしようと思うと伝え、夕霧は退出する。
夕霧は今でも変わらず六条院と三条の大宮邸を絶えず行き来していたが、こんな嵐の日でもちゃんと顔を見せる律義さに大宮も素直に喜ぶ顔を見せる。実子の内大臣よりもよほど孝行といえようか。
その夜は一目垣間見た紫の上の姿が、夕霧の頭の中をぐるぐると回り続けた。恋しく思っていた雲居の雁の存在もそこそこに、紫の上のことばかり考えてしまう。あるまじき間違いすら犯してしまうのではないかと自分がそら恐ろしくさえ思えてきたのである。
台風一過
夜が明けて風は収まって来たが、雨足が強くなってきた。
夕霧は大宮邸から六条院に戻り、まず丑寅の町で花散里の様子を確認する。大雨に怯えすくんでいる様子なので慰めの言葉をかけ、続いて辰巳の町で源氏に状況を報告。源氏は秋好を心配し、夕霧を未申の町へ遣わせた。秋好の返事をもらった夕霧は源氏のもとへとって返して状況を伝える。
やはり直々に伺わねばと準備を済ませた源氏は、外でぼんやり考えごとをしている夕霧を見て悟ったのであろう、「夕霧に姿を見られたのでは?」と紫の上を問い質した。
「まさか」と答えた紫の上だったが、源氏はどうやら何か怪しんでいるようだ。
源氏は夕霧を伴って秋好のもとを訪ね、次いで戌亥の町の明石の君のもとにも足を運んだ。さらにふたりは玉鬘のところへも足を延ばす。
源氏は変わらず玉鬘と仲睦まじく語らい、その間手持ちぶさたな夕霧は、誘惑に負けて隙間から玉鬘の姿を覗き見る。ふたりのあまりにも仲の良さそうな風情に、こんな親子があるだろうか?と疑問すら感じつつ、それでも見るのをやめられない夕霧。玉鬘は美しさでいえば紫の上には及ばないが、それでも美麗であることには変わりはないな…などと考えてみたりもするのであった。
その後、花散里を見舞って夕霧はようやく解放された。どっと疲れが出た気がするものの、夕霧は雲居の雁へ見舞いの和歌を書きつけて、そのあたりにあった刈萱に紙を結んだ。女房が紙の色にあった素敵な花に結べばよろしいのに、と言っても「こういう方面は疎くてね」と生真面目な性格で返す。
大宮邸に戻ると、そこに内大臣も来ていた。大宮は雲居の雁に会えないのが悲しくてと内大臣に愚痴をこぼすが、夕霧の一件にかこつけて不平を言うので、大宮も強くは言い張れないままなのであった。