玉鬘への求婚者
三月。六条院の辰巳の町。花は咲き乱れ、鳥はさえずり、春真っ盛り。屋敷の奥からでは庭の遠くに広がる春を楽しむこともできないだろうと、源氏は唐風の舟を作らせ、水辺に浮かべ、女房たちを乗せて船楽(ふながく・船の中で音楽を演奏すること)を催させた。
ちょうど秋好中宮も六条院の未申の町に里帰りしていた。中宮にもこの春の庭を見せたいと思うものの、重い身分柄同じ邸内であってもやすやすと移動はできない。やむをえず中宮付きの女房たちを辰巳の町に招いて庭を披露し、この世のものとは思えぬ風趣の中、朝まで宴を催したのだった。
夜が明けた。宴に招かれた公卿たちの実の目当ては玉鬘であった。源氏の秘蔵の娘とあらばさぞ美しいだろうと狙っているのである。
源氏の異母弟の蛍兵部卿宮も妻を3年ほど前に亡くしていて、今は玉鬘を射止めようと源氏にとりなしを願い出る始末。
あろうことか玉鬘の実父・内大臣の子息である柏木(かしわぎ)までもが、異母姉弟であることなど知る由もなく、夕霧をつてにして恋心を寄せてくるありさまであった。
いつになったら内大臣に自身が実の娘だと伝わるのか気が気でない玉鬘であったが、このままではどうにも事態は動きそうにない。そう思い悩むものの、彼女になす術は何もなかった。
玉鬘に迫る源氏
玉鬘あての恋文の数が増えてきたのを見て源氏は、思った通りになったとにんまりし、返事をした方が良い物に関しては玉鬘に返信を書かせる。
蛍兵部卿宮からはじらされて辛いという内容の手紙が届いており、髭を蓄えた堅苦しい印象の髭黒(ひげくろ)の右大将や柏木からの手紙もあった。
源氏には今の状態で玉鬘を内大臣に引き合わせて親子の対面をさせるつもりはない。結婚して身を固め、一人前の身の上となってから対面させたほうが、先方の一族の中で立ち位置を作りやすいだろうと考えたのである。
そのため多くの求婚者の中からより良い男性を玉鬘の夫としようと思うものの、蛍兵部卿宮は浮いた話が多く嫉妬深い女性だと苦労しそうだし、髭黒の右大将は長年連れ添った妻がいるので、そちらに恨みを買いそうだし…一長一短なのであった。
と言いながらも、源氏はこの美しい玉鬘を目の前にしてもやもやと湧きあがって来る恋愛感情を抑えきることができないのだ。しきりに玉鬘の住む棟へ足を運び、しまいには胸に秘めた思いを玉鬘に吐露してしまう。親子の愛情にもう一つの愛情が加わるだけだと口説くも、玉鬘は困惑し動揺する。
夜が更けても源氏は退出せず、玉鬘と寝所をともにした。実の親子ならこんな仕打ちはされなかっただろうと玉鬘は涙を落とし、源氏も添い寝だけでこれ以上は何もしないから、人に言わず秘密にしておきなさいと諭す。
源氏が帰った朝、玉鬘は嘆き臥せる。源氏からの手紙にも返歌ではなく気分が優れないとだけ返した。これ以上アプローチが増長すればもう逃げ場がない、と玉鬘の悩みは深くなっていくばかりである。