後ろ髪引かれる中の君
春が近付いてきた。山の阿闍梨が初物のワラビやツクシを、中の君のもとへ見舞いに寄越す。
都では大君を忘れられない薫が匂宮の屋敷を訪ねて、悲痛な心境を吐露。匂宮も大いに同情した。
その一方で薫は、亡き大君が自身の身代わりに中の君と縁組させようとしていたのを断った挙句、中の君を匂宮なぞに引き合わせてしまったのは間違いだったかもしれない。彼女を大君の形見と思って娶れば良かったと後悔し始めていたのである。
とはいえ今となってはもうどうにもならないので、匂宮が中の君を二条院に迎えるにあたり、薫は中の君の転居準備の世話に心を砕いた。
宇治では女房たちが都への引っ越しに心踊らせていた。かたや中の君は一生を山荘で終える覚悟でいたのに、八の宮や大君との思い出残る山荘に別れを告げねばならぬ境遇を心底辛いと感じている。
2月。都への引っ越しをいよいよ翌日に控えて薫は宇治へ。中の君に対し、二条院の側に自分も引っ越すので何でも気兼ねなく相談してくれと持ち掛けるものの、未だ山荘を離れがたく思う中の君はただ心乱れるばかりであった。
弁の君は年老いた身で晴れがましい都に戻るわけにはいかないと、髪を下ろして尼になり、この山荘に残ることにした。薫はその姿を見て、大君も尼にしておけばその功徳で少しは寿命が延びたかもしれなかったのにと、後悔の念を新たにする。
中の君、二条院へ
翌日。匂宮のもとから派遣されたお迎えの者たちでひしめく山荘では、ウキウキ気分の女房たちとは正反対に沈んだ中の君の姿があった。それでも周囲に急き立てられて牛車に乗り込み、都へと出発する。
遥かに遠く険しい山道を越えて行くのを見た中の君は、これほどの遠路では匂宮の訪問がごくごく稀にしかなかったのも仕方がなかったのだと悟った。
中の君を迎える二条院は見事に磨き上げられ、立派な調度品やらなんやらと揃いも揃った御殿となっていた。中の君の輿入れの話を聞いた人々は、ここまであの匂宮が大事にするのであるから、よほどの女人なのであろうと噂し合う。
薫も焼失した三条の宮を新築中で、ここは二条院と目と鼻の先である。中の君の無事の輿入れの報告を聞いた薫は、安堵する気持ち半分、とうとう大君ゆかりの姫君を完全に匂宮に渡してしまったと悔やむ気持ち半分の複雑な感情を抱いていた。
夕霧は六の君を今月にでも匂宮に嫁入りさせる手はずだったのを、突如宇治から来た姫君がその座を掻っ攫ってしまったので不愉快千万。それでも準備しておいた裳着(もぎ・成人式)を今更中止にはできないと、予定通り挙行した。
いっそ匂宮ではなく薫に六の君を託してみようかと、夕霧はそれとなく人づてに意向を尋ねてみるも、もちろん本人に全くその気は無い。
桜の季節。二条院で匂宮と話し込んだ薫は、匂宮が御所に参内する準備をするというので、中の君のもとへご機嫌伺いに行く。物越しでの対面ではあるが、大君を偲ぶ話などをして薫は退出した。
そこに中の君に参内前の挨拶をしようと、匂宮が現れる。薫が来ていたことを察知した彼は中の君に対し、「他人行儀なよそよそしい対応ではなく、もう少し近しく薫と接してやってくれ」と言ったそばから「とはいえ、かねてから薫が異常に親切すぎるのは下心があるのかもしれない。あまりに打ち解けてもいけない」と釘を刺した。